月刊「らみい」 毎月1日発行

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  • 「キリシタン大名 高山右近」領地と身分を取り上げられた右近は、家臣に別れを告げ…
  • 「ジュラシック☆プラネット〜ビギニング〜」自分のしたことに後悔するジオが思い出したのは…

作品一覧

フランシスコ・ザビエルが薩摩(現在の鹿児島県)に上陸し、はじめてキリスト教を伝えてから65年後の1614年、キリスト教を信仰したり布教することを禁止する「切支丹禁教令」を受けて、高山右近は日本国外に追放された──。
戦乱の絶えない戦国時代から、織田信長のあとを継いだ豊臣秀吉が天下を統一した安土桃山時代、そして徳川家康によって日本が鎖国へと向かう江戸時代初期と激動の時代の中に生き、さまざまな困難や迫害の中でも信仰をつらぬき通したキリシタン大名「高山右近」の生涯を描く。

登場人物の紹介とうじょうじんぶつのしょうかい

高山右近

実名=高山長房。天文21年(1552年)に高山友照の長男として生まれる。幼名は彦五郎で、「右近」の呼び名は実は私的な名前。キリシタンとなった父のすすめで、イエズス会の日本人修道士・ロレンソ了斎から教えを受け、12歳の時に洗礼を授かる。洗礼名はポルトガル語で「義人、正義の人」を意味するジュスト。17歳ごろに遠縁の娘・ジュスタと結婚。武芸に秀で、人々から慕われる。兄弟のように育った惟長との戦いによって重傷を負い、そのことをきっかけに改心する。

高山飛騨守友照

山右近の父。戦国時代の武将。永禄6年(1563年)、松永久秀に仕えていた時に、堺にやってきたイエズス会の宣教師ガスパル・ヴィレラをあわよくば殺そうと宗教論議を持ちかける。ヴィレラの代わりにやってきたロレンソ了斎と議論を続ける中でキリスト教の教えにほれ込み、ロレンソを自分の城に招いて家族や家臣一同にも洗礼を受けさせた。洗礼名はダリヨ。武将として勇猛で、教養もあり、領民にも慕われている。熱血派。

ジュスタ

高山右近の遠縁の娘。ジュスタが15歳のときに右近と結婚。

ロレンソ了斎

本人イエズス会の修道士。目が不自由で、琵琶法師だったが、フランシスコ・ザビエルの話を聞き、キリスト教を信じる。ザビエルから洗礼を授かり、ロレンソという洗礼名を受けた。ザビエルが日本を離れた後もイエズス会の宣教師たちを助ける。名説教家で、高山飛騨守友照らとの宗教論議では高山らを信仰に導く。高山右近に洗礼を授けた。

ルイス・フロイス

ポルトガル出身のカトリックの司祭でイエズス会宣教師。戦国時代の貴重な資料となる『日本史』という本を書いた。1532年にリスボンで生まれる。16歳でイエズス会に入会。ゴアで日本宣教へ向かう直前のフランシスコ・ザビエルと日本人ヤジロウに出会ったことがきっかけとなって、後に日本行きを決意する。1563年(永禄6年)、横瀬浦(現在の長崎県西海市北部)に上陸して日本での布教活動を開始。1569年(永禄12年)、織田信長と二条城の建築現場で初めて対面。畿内での布教を許可され、グネッキ・ソルディ・オルガンティーノなどと共に布教活動を行い多くの信徒を得た。

グネッキ・ソルディ・オルガンティーノ

戦国時代末期の日本で宣教活動を行ったイタリア人宣教師。カトリック司祭でイエズス会員。日本人が好きだった彼は、着物を着て日本人と同じ格好をしたり、持ち前の明るい性格とその人柄で「うるがんばてれん」と呼ばれて多くの日本人からしたわれ、大変人気があった。1533年に北イタリアのカストで生まれる。22歳でイエズス会に入会。1570年(元亀元年)、天草志岐(現在の熊本県天草郡苓北町)に上陸。京都地区での宣教を担当し、ルイス・フロイスと共に京都での困難な宣教活動にあたった。

ガスパル・ヴィレラ

ポルトガル人イエズス会員でカトリック教会の司祭。日本のキリスト教史上最初期の宣教師の一人で、京都での布教を開始した。右近の父・高山飛騨守友照らに宗教議論を持ちかけられる。ヴィレラと布教活動をしていた日本人修道士のロレンソ了斎がヴィレラに代わって宗論をし、高山らがキリシタンとなった。

フランシスコ・カブラル

カトリック教会の司祭でイエズス会宣教師。日本布教区の責任者だった。1570年(元亀元年)、天草志岐にオルガンティーノらとともに上陸。和田惟長との戦いにおいて一命を取り留め改心した右近を見て、いち早くその素質を見抜いた。

和田惟長

右近の父・高山飛騨守友照の親友、和田惟政の長男。幼名は太郎。右近とは幼少のころから兄弟のように育つ。元亀2年(1571年)白井河原の戦いで父・惟政が荒木村重らの軍勢と戦って戦死し、この時、惟長はとむらい合戦をするどころか逃げ帰ってしまう。このことで家臣らの信頼を失い、やがて後見人だった叔父の和田惟増を殺害する。元亀4年(1573年)には、家中で信望を集めていた高山父子の暗殺を計画し、話し合いと言って誘い出すが、激しい斬り合いとなり深手を負い、それがもとで亡くなる。

織田信長

強力な力をもって、天下統一を目指す武将・戦国大名。日本文化だけでなく、西洋文化に強い関心を持ち、伴天連(宣教師)たちやキリスト教会を積極的に保護する。

荒木村重

最初は池田勝正の家臣として仕えていたが、池田知正とともに勝正を追い出し、混乱に乗じて池田家をのっとる。織田信長にその性格を気に入られ、信長の家臣となる。摂津を治める伊丹氏、和田氏(惟長の父・和田惟政)らを打ち破り、摂津の有力者となる。

中川清秀

最初は荒木村重と同じく、池田勝正の家臣だった。池田知正の家臣と鳴っていたときには織田信長に敵対。しかし荒木村重が池だけをのっとると、荒木村重の家臣として、信長に従う。

掲載号けいさいごう

2012年7月号

2012年7月号
第1話掲載

2012年8月号

2012年8月号
第2話掲載

2012年9月号

2012年9月号
第3話掲載

2012年10月号

2012年10月号
第4話掲載

2012年11月号

2012年11月号
第5話掲載

2013年1月号

2013年1月号
第6話掲載

2013年2月号

2013年2月号
第7話掲載

2013年3月号

2013年3月号
第8話掲載

2013年4月号

2013年4月号
第9話掲載

2013年5月号

2013年5月号
第10話掲載

2013年6月号

2013年6月号
第11話掲載

2013年7月号

2013年7月号
第12話掲載

2013年8月号

2013年8月号
第13話掲載

2013年9月号

2013年9月号
第14話掲載

2013年10月号

2013年10月号
第15話掲載

2013年11月号

2013年11月号
第16話掲載

2014年1月号

2014年1月号
第17話掲載

2014年2月号

2014年2月号
第18話掲載

2014年3月号

2014年3月号
第19話掲載

2014年4月号

2014年4月号
第20話掲載

2014年5月号

2014年5月号
第21話掲載

2014年6月号

2014年6月号
第22話掲載

2014年7月号

2014年7月号
第23話掲載

2014年8月号

2014年8月号
第24話掲載

2014年9月号

2014年9月号
第25話掲載

2014年10月号

2014年10月号
第26話掲載

2014年11月号

2014年11月号
第27話掲載

2015年1月号

2015年1月号
第28話掲載

2015年2月号

2015年2月号
第29話掲載

2015年3月号

2015年3月号
第30話掲載