
| 週刊 『クリスチャン新聞』 2008年12月7日号 =5面=掲載 |
『教会の戦争責任・戦後責任』
信州夏期宣教講座編(いのちのことば社、1,260円税込)
信州夏期宣教講座10冊目のブックレットである。「お手軽」な宣教論が様々に語られては廃れていく中、このような「骨太」な講座が続けられ、貴重な報告が届けられることを感謝したい。執筆者の顔触れは、渡辺信夫、山口陽一、岩崎孝志の各師に、神道研究に造詣の深い高桑照雄師、渡辺師とともに戦争体験の貴重な証人である安藤肇師。毎回このような顔触れが講師陣として並ぶこの講座の視点の広さに驚きを感じる。ひとえにこの講座を支えている問題意識のぶれない堅固さが生み出す広さでもあろう。 各講演はどれもズッシリと重く、簡単に読み進めることを許さない数多くの問いかけを含む。圧巻は、安藤師の「戦争協力によって日本基督教団は何を失ったか」。戦中戦後の日本の教会のただ中を歩んでこられた牧師として、扱う題材の幅広さもさることながら、ここにも一貫した教会の罪責を見つめる視点と、それを自らの重荷として引き受ける覚悟を見せつけられるのである。国家に同調し侵略戦争に協力した「戦争責任」と、その罪に対する真摯な悔い改めをしないまま歩んできた「戦後責任」という2つの責任を負っている日本の教会は今日、むしろ社会の中で認められることに躍起になり、本質的に社会との落差があるはずの伝道メッセージをますます失っているのではないか。それは渡辺師が鋭く指摘する「日本の教会の宗教企業化」にも繋がる主題であろう。日本の教会が真に伝道、宣教する教会になるためには、言葉の本来の意味である「悔い改め」、「メタノイア」が起こらなければならない。 渡辺師、安藤師という80歳を越えてなお御自身の戦争体験から鋭く日本の教会の現状を憂う伝道者たちの言葉を聞くたび、後に続く者たちが教会の罪責をしっかり受け取る信仰と思想をもって手を伸ばさなければならないと痛感させられる。我々の世代はこの言葉をどのように受け取り、受け継ぐのか。本書を読み終えて課せられる課題は、そのまま評者自身の課題でもある。 (評・朝岡勝=日本同盟基督教団徳丸町キリスト教会牧師) |