都道府県: 宮城県 >  市町村:石巻市 >  教会・団体:未定

【 クリスチャン新聞掲載号 : 2011-11-13 】
被災水田で農ボランティア--若者ら 神戸から石巻へ同じ震災の体験 手を携えて--天恵の自然農法で荒れた農地を復興

無縁社会に 助け合い取り戻す
 10月16日から3泊4日で、宮城県石巻市渡波の水田にボランティアに向かいました。延べ37人が石巻市渡波地域農業復興組合の阿部勝代表から委ねられた、津波やがれきの影響で荒れ放題になっている60町歩の農地に足を踏み入れました。
 鹿妻小学校の東に隣接する二反(20㌃)の水田で、神戸国際支縁機構は「福幸米まい」の栽培に従事します。東日本大震災によって現地の80%の農家は農業を廃業する様相です。塩害、がれきのために少なくとも2年は耕作を放棄している場所です。3月に神戸から第1回目のボランティアに赴いた際、鹿妻の田んぼは津波から逃げ損ねた車が串刺し状に無残に突き刺さっている状態でした。
 都会育ち、自閉症でも辛い仕事黙々
 阪神淡路大震災の時に幼かった青年たちが、今回の震災後、毎月のように同地でドロ出しやがれき処理に取り組んできました。都会育ちの若者は「農」の経験がありません。瑞穂の国で生まれ米を主食として育ちながら農漁業に無縁でした。今、日本全体がムラ社会から無縁社会に変貌し、過疎、高齢化、少子化の問題に直面しています。就活の大きな壁、フリーター、ネットカフェ難民、自閉症など、格差社会で生きる喜びを奪われています。
 20代前半の者であっても極めて厳しい肉体労働にもかかわらず、彼らは喜んで自発的にボランティアに申し込んできました。被災地で間一髪で助かった人々、息も絶え絶えの避難者たちに寄り添い、同じ空気を吸いながら、ぽつりぽつりと聞く凄惨な体験、生きているのが不思議な運命や、凍てつく寒さにも暖がなく、食べ物にも事欠く窮状の老若男女に接しました。神戸の若者たちは、自分が一番みじめと思っていたのにもっと厳しい過酷な生き様を見て、世界観が変わりました。だからだれから言われることもなく、喜んで続けて参加してきました。
 山本智也君(22歳)は、大学生たちのリーダーとして役割を担いました。父親は高校時代に食料品のチェーン店を経営していましたが自己破産。当然、高校から大学まで自費で生活費まで捻出しています。村上裕隆君(20歳)は、人がいやがる辛つらい仕事に積極的に黙々と従事しました。14歳から家族とも会話することもない自閉症で、近所の人たちから存在すら忘れられていた青年です。ボランティアではだれよりも一番激しい奉仕活動に専念し、敬意を勝ち得ました。彼らは日本で最も貧しい大阪の釜ヶ崎で「路上で生活をしている人」たちに関心がありました。3月からの活動の主軸になっています。
 生物多様性を生かす農法提案
 機構代表の私は、9月初旬に石巻市を訪れ、渡波の土地改良組合の主だった方たちと面談しました。農の復興が目的です。無農薬による美しく豊かな農法をモデルとしてやらせてもらえるかどうかを尋ねました。3日後に石巻市渡波地域農業復興組合が立ち上がり、生物多様性を生かす「ふゆみずたんぼ」による生き物を活用した田んぼ作りについて阿部勝代表と電話で何度か話しました。
 復興組合は9月26日、神戸国際支縁機構に20㌃の水田を委ねることを正式に承認しました。「ふゆみずたんぼ」(冬水田んぼ)方式とは、冬の期間田んぼ全体に水を満たします。微生物やイトミミズが生息できるようにして、土壌の表面をトロトロ層にします。江戸時代には一般に見られた無農薬、無肥料の農法です。「稲妻に道を備え まだ人のいなかった大地に 無人であった荒れ野に雨を降らせ 乾ききったところを潤し 青草の芽がもえ出るようにしたのか」と聖書に書かれているように、天の恩寵により、自然には豊かな天然肥料が備えられているのです。
 本来、水田には5千800種を超える昆虫、魚、ミジンコや微生物などが生息しているはずです。しかし、農薬によって生態系が崩れ、面積当たりの収穫の利益追求に陥っています。高度成長期に進んだ自然生態の喪失は、佐渡のトキ、豊岡市のコウノトリなどの絶滅につながりました。
 瑞穂の国・日本の社会構造の基本は、稲穂に象徴される農本主義です。ソニー、トヨタなどの物づくりが世界で認められた技術があったからこそであり、商業や金融に基づくものではありません。
 日本では、若い人々は「農」に就くことを希望しません。明治維新以降、富国強兵政策や、拝金主義の世相の影響で、金銭に対して飽くなき追求をする寒気団が日本列島を包んでいるからです。農業に従事しても米だけの作付けでは生活できません。6町歩ほどの収穫がなければ、耕こう耘うん機き などの機械、肥料、農薬などの支出を上回る収入になりません。農家は兼業によって生活を支えていかなければなりません。若い人々にとって、天候の脅威、害虫の被害、水利権などの確執と闘い、隣の農家との共存の大海原に漕ぎ出るには、相当の決意が求められます。企業に勤める方がはるかに容易なのです。過疎、高齢化、少子化の問題の根っこには、農林漁業を軽視してきた社会構造に課題があることは否めません。
 現在、就活の困難、フリーター、ネットカフェ難民の貧困問題があります。次代を担う若者たちが第一次産業に従事するように、国の指導者は積極的に動くべきです。国の土台である衣食住の「衣」である養蚕や綿花栽培、羊などの牧畜、「食」である米、野菜、果実作り、「住」の家屋の柱になる森林の管理に関心が転ずる教育が大切です。資源=モノを海外に依存しない国づくりが急務です。
 共生の縁で連帯共同体を再構築
 東北と神戸は距離があります。同じ被災体験をしたことやボランティアを通して、地域の方々の息づかいがわかり、共生していく縁が結ばれたわけですから、今後いかなる問題が立ちはだかっても、共に手を携えて連帯していくことができると信じています。
 農ボランティアを契機として、東北の被災者支援だけでなく、日本の無縁社会を再構築し、共同体意識を高揚してみんなで助け合うコミュニティを取り戻します。
 今回の農ボランティアの経験は、神戸に帰って近郊の廃棄・休耕田で、福幸米を栽培したいという希望を若者たちに与えました。やがて彼らが日本の将来の国づくりの先兵として歩み出すことを見守りたいと思います。
 (記・岩村義雄=神戸国際支縁機構代表、神戸国際キリスト教会牧師)

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